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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)783号 判決

控訴人

株式会社東京精密

右訴訟代理人

尾崎行信

外四名

被控訴人

エヌ・テー・エヌ東洋ベアリング株式会社

右訴訟代理人

松本重敏

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が、昭和四二年一〇月一八日から昭和四八年八月二九日までの間、本件特許権についての専用実施権者であつたこと、本件特許発明の特許請求の範囲の記載が請求原因二の項のとおりであること及び被控訴人が右の期間内に被控訴人装置を使用してボールベアリングを製造したことは、当事者間に争いがない。

二当事者間に争いがない本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、本件特許発明は、内外の軸受環及び軸受のような内側と外側とが対応する一対の部品及びその間に組入れられるべき中間部品を自動的に選択して組立てる装置に関する発明であり、

(1)  それぞれ異なる寸法範囲の中間部品を含む複数の供給手段、

(2)  供給手段のうちの選んだ一つの寸法を比較して予定数の中間部品を選出する計測手段、

(3)  内外部品の協力面の寸法を自動的に比較するため及び計測手段を制御するための検査手段、

(4)  選出された中間部品と検査された

内外両部品とを組立てるために計測手段と協力する組立手段、

を備えているものであり、「計測手段と組立手段とが協力する」ことが一つの構成要件となつていることは明らかである。

三しかしながら、「計測手段と協力する組立手段」という表現はきわめて機能的、抽象的であつて、計測手段と組立手段とがいかなる態様で協力すれば、本件特許発明における「協力する」関係となりうるかは、特許請求の範囲の記載自体から知ることができないし、〈証拠〉によれば、本件特許発明の明細書中には、右の「協力する」ことの意味を直接明示した記載は存在しないことが認められる。また、「協力する」という言葉が本件特許発明の属する技術の分野において特定の技術的内容を指称する用語として理解され使用されていることを認めうる証拠もない。ところで、このような機能的、抽象的に表現されている構成要件は、その技術的な意味内容が明細書の記載や技術常識から直ちには明瞭でない場合でも、明細書及び図面にその具体的な構成として、その作用とともに開示されているはずのものであり(もし、それが開示されていないとすれば、単に発明の課題を提示したにすぎないことになろう。)、その構成、作用により示されている具体的な技術的思想に基いて、これを、明確な内容の構成のものとして解すべきものである。これは、本来、発明の詳細な説明には、その発明の目的、構成及び効果を記載し、かつ、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないものであり、また、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは、矛盾してはならず、後者は前者の内容の説明として十分なものでなければならないことに徴しても明らかである。したがつて、本件特許発明における右の「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件の技術的な意味も、図面及び明細書全体の記載から、そこに如何なる特定の技術的思想が開示されているかを合理的に解釈して確定するほかはない。

控訴人は、本件特許発明がパイオニアインベンシヨンであり、「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件を実施例の装置における機構、作動にのみ限定して解釈すべきではないと主張するが、右の構成要件は、前記のとおり、きわめて機能的、抽象的に表現されており、しかもその技術的な意味内容が明細書の記載や技術常識から明瞭であるといえない以上、明細書に記載されている実施態様に開示されている具体的な技術的思想を知ることによつて、その意味を確定すべきものであり、これを一実施例の装置における具体的な構成、作用にのみ限定することは当を得ないとしても(なお、当裁判所が後記四においてした判断は、単に、一実施例の装置における具体的構成、作用にのみ限定解釈をしたものではない。)、機能的、抽象的に表現された構成要件であることに事寄せて、本来、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明細書に開示されていない技術的思想までをも当然に含ませうるものであつてはならないことは明らかである。

四そこで、本件特許発明における「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件について検討するに、前掲〈証拠〉によれば、本件特許発明の明細書に唯一の実施例として記載されている装置は、次の構成、作用を有するものであることが認められる。すなわち、検査所11で内外両部品(内外環)の寸法差を検査したうえ、これを組合わせて移送し、球組立所20の皿形の受器17の下方に位置せしめる一方、違つた寸法範囲によつて分けられた中間部品(球)の複数の供給単位21のうちから、右の内外環の検査結果に従つて一つを選択し、計測単位131で計測され選出された球の一定数を受器17に排出降下させ、受器17の単一の出口から、その下方に位置せしめた内外環の間隙に流下させて充填し、組立を行なうが、球を選出する計測手段たる計測単位131(筒線輪132、中央台134、滑動台135、計測路145ないし148等よりなる。)と組立手段たる組立物160(内環の偏心を行なう栓155、気筒156、半月形の突出部161、腕164、空気筒170、押台167、バネ171及び外環を変形させる供力腕180、押台186、バネ189、運動制限子185、気筒195、肘金機構192、杆196等よりなる。)とは、受器17及びこれと関連する充填機構(充填運搬器205、充填杆206、気筒208等よりなる。)を介して作動上連絡されており、内外環の寸法差の検査結果に従つて選出された特定寸法の球の一定個数が、計測単位131により受器17に供給され、充填運搬器205の内部に固定してある套管204で形成される垂直溝202に降下して充填杆206との間に滞留し、組立物160の作動により、内外環の間に球を充填するための間隙が形成された後に、充填杆206が後退(上昇)させられ、球は套管204の下端にある路210を通つて内外環の間隙に充填され、次いで、充填杆206は前進(下降)して元の位置(原判決添付の本件公報図面第一四図に示されている位置)よりさらに下降し、その先端が内外環の間隙に一旦突出して(右本件公報図面第二〇図に示されている位置)から元の位置に戻るが、球の混雑等のため適正に充填されず、充填杆206が充分に突出されない場合は、自動的に揺動、移動等の整定手段が施され、それでもなお充分な突出ができないとき(すなわち、球の充填が不完全であるとき)は、機械が自動的に停止されるのである。

右の認定から明らかなとおり、実施例の装置では、計測手段により選出された球が、共通の受器内に排出され、受器及びこれに関連する充填機構の単一の出口を経て、その下方に位置せしめられた内外環の間隙に充填されるようになつており、受器内には二種類以上の組の球が同時に存在することは許されず、組立手段における組立(充填)が完了しない限り、次の組の内外環に適合する球が計測手段により選出されて受器に排出されることはないから、計測手段と組立手段とは、一方が作動を完了することによつて他方が作動を開始し、一方の作動が停止すれば他方の作動も停止ないし空転するものであり、一方が他方の作動と無関係に作動を継続しうる余地はないものである。したがつて、実施例の装置に開示されている「計測手段と組立手段とが協力する」関係とは、計測手段と組立手段の各作動が相互に規制され、いわば一対一の対応関係をもつて作動するという不可分の関連性を有していることであるとみるべきものであり、明細書中には、これと別異に解すべきことを示唆する記載は存在しない(もつとも、本件公報一頁右欄一五行目ないし一七行目には、「本発明は特に前述の作業に応用したものとして図示し且つ記述されるが、実質的に違う構造の装置にも実施でき、且つ他の部品にも適用できることは了解される。」との記載部分があるけれども、前記実施例の装置以外にこれと実質的に異なる具体的な構成、作用は何ら示されておらず、右の如き記載があることのみをもつてしては、「計測手段と組立手段とが協力する」ことにつき、右と異なる意味に解すべきことを示唆するものとは到底いえない。)。

以上のとおりであるから、本件特許発明における「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件は、控訴人が主張するように、単に、組立手段が計測手段の選出した中間部品(球)を他の滞留機構を経由して受取るという関係にとどまるものではなく、「計測手段と組立手段とが作動上相互に規制され、いわば一対一の対応関係をもつて作動するという不可分の関連性を有している」ことであると解するのが相当である。

五被控訴人装置の構成、作用は、原判決がその理由五項(原判決七一枚目表一行目ないし七三枚目裏三行目)において認定するとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、同七一枚目表一〇行目及び末行の各「搬出装置」を各「排出装置」と訂正する。)。

六前項の認定によれば、被控訴人装置においては、組立手段である内外輪ボール組立装置(11)と計測手段であるボール計数装置(301)との間には、ボール排出口(312)、ボール分配板(319)、円板(324)、貯蔵筒(326)等よりなるボール記憶貯蔵排出装置(302)が介在し、ボール計数装置(301)によつて計測、計数された特定寸法の球の一定個数が、ボール排出口(312)、ボール分配板(319)を経て、円板(324)の円周上に設けられた多数の貯蔵筒(326)内に逐次供給されて滞留し、固定排出板(410)の位置に至つて排出され、組立装置(11)に供給されて内外環と組立てられるものが、このボール計数装置(301)からボール記憶貯蔵排出装置(302)の貯蔵筒(326)への球の供給と、貯蔵筒(326)から組立装置(11)への球の供給とは、それぞれその作動単位時間(サイクル)が異なつており、計測手段であるボール計数装置(301)と組立手段である組立装置(11)の各作動は、ボール記憶貯蔵排出装置(302)の介在により、それぞれ分離独立して行なうことが可能であつて、一方が作動を停止しても他方が作動を継続しうるものであり、本件特許発明におけるように、計測手段と組立手段とが中間部品と内外両部品との組立をするについて作動上相互に規制されて不可分の関連性を有しているものではないことが明らかである。また、被控訴人装置を表示するものであることについて当事者間に争いのない原判決添付の別紙目録の記載、〈証拠〉によれば、被控訴人装置は、作動上、検査、計測の前工程と組立の後工程とに二分し、前工程のサイクルを後工程のサイクルより短かくすることにより、被控訴人が主張する作用効果、すなわち、前工程と後工程は相互に規制されることなくそれぞれ連続的に行ないうるから、装置全体として時間的な損失がなく、また、同一寸法の軸受の組立に対し従来の装置におけるより少ない種類の球を準備することで足りるという特段の効果を奏することも明らかである。したがつて、被控訴人装置は、本件特許発明の「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件を具備しておらず、本件特許発明とは技術的に異なるものというべきである。

七なお、控訴人は、被控訴人装置が、本件特許発明の構成要件をすべて具備し、これにボール記憶貯蔵排出装置(302)を付加したにすぎないものであるから、本件特許発明の技術的範囲に属する旨主張するが、前記のとおり、被控訴人装置は、本件特許発明の「計測手段と組立手段とが協力する」という構成要件を充足せず、計測手段と組立手段との関係を本件特許発明の構成とは別異なものとすることにより、本件特許発明と異なる特段の作用効果を奏するものである。

したがつて、被控訴人装置は、その余の点につき判断するまでもなく、本件特許発明の技術的範囲に属しないといわざるをえない。〈以下、省略〉

(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)

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